「願い事……か」

 今宵天の川を渡る恋人たちに願うのは……

 年に一度の逢瀬。
 愛しい人に年に一度しか逢えない悲しさなのか、年に一度は逢える喜びなのか――
 もしなら……そう考えて、苦笑した。
 何も考えないまま、自然と口から呟きが漏れる。


「そう言えば、成実さんはどうしてるのかな……」

 昼間の鍛錬中に、的場に成実がふらりと現れたことを思い出したのだ。
 何やら政宗から逃げ回っているようで、もし探しに来ても知らないと言ってくれなどと頼まれたのだが、あれ以来政宗とも成実とも会っていない。

 昼に話した時に、今夜は城で詰番だとぼやいていたのを思い出して、はふと訪ねてみようと思いたった。


 暗くなった城内を、うろ覚えの記憶を頼りに歩く。
 何とか辿り着いた成実の部屋の前で、が声を掛けるよりも前に、中でどたどたと何かが盛大に崩れる音がした。

「!? し…成実さん…? ですけど、大丈夫ですか…!?」

 恐々と声をかけると、障子が物凄い勢いで開いた。

「なんだ、ちゃんかー! 殿かと思ってマジビビッちゃったよー」
「あ…すみません…」

 反射的に謝って、は部屋の中を覗き込んだ。
 詰番と言う割に酒を飲んでいたらしいが、猪口や周りに乱雑に積み上げられていた書簡などがひっくり返って、惨憺たる有様だった。

「あー、散らかってるけど折角だから寄ってきなよ。美味しい酒もあるんだ」
「そうですね……とりあえず、それを片付けるのお手伝いしますよ」

 苦笑して言って、は部屋に入った。
 その時は後に襲う不幸など、予想もできなかった。






ちゅあーん! ちゃんと飲んでる!?」
「飲んでますよー、成実さんこそ空じゃないですかー!」

 部屋に入ってからすぐに始まった二人だけの酒宴だったが、二人は大いに盛り上がっていた。
 が参加する前にどれだけ飲んでいたか知らないが、成実もそんなに酒には強くないようだ。

 ももう相当酔いが回って行動が怪しかったが、成実は更にひどくてどんどんと呂律も回らなくなっている。

「ちょっと、成実さんー。仮にもお仕事中なのに、そんな酔っ払っちゃっていいんですかー?」
「らーいじょーぶ、らいじょーぶ! 番は俺一人じゃなーいしー? 何かあった時にはー水でも被ってしゃんとするからさー!」

 何が可笑しいのか笑い転げる成実は、確実に笑い上戸だった。
 そして、タチの悪いことに絡み酒でもあるらしい。

「それよりもー、ちゃんももっと飲みなよー! いやぁ、やっぱ俺ちゃんのこと好きだよー、ちょっとくらい怖くてもノープロブレム!」
「怖いって誰がですか、誰が!」
「あははははは! でも怒った顔もかわいーから許しちゃうよーん。そうだ! 俺のとこへ嫁に来なよ!」

 酔いすぎて頭のネジが二~三本とんでいるのだろうと、は真面目に思った。
 しかし当の成実は、更にの肩に手を回して顔を覗きこんでくる。

「ね、ね? 殿なんかやめてさー、俺にしなってー!」
「ちょっ…成実さんっ!?」

 思い切り体重を掛けられて、マズイと思った時には押しつぶされていた。

「俺の方が殿より若いし! 体力もあるし! 夜だって寝かさないくらい元気だよー?」
「やっ…やめてください、成実さん! 本気で怒っちゃいますよ…!?」
「………力では敵わない癖に、そうやって強がるとこがかわいーんだよなぁ…ねぇ、ちゃん、ホントにこのまま……」

 これ以上は本気の本気でヤバイとが青ざめた瞬間、廊下を荒々しい足音が近づき、何の前触れも無く障子が開けられた。

「成実ぇー! テメェ、また俺の酒を勝手…に………」
「まっ…政宗さんっ…! ヘルプ……!!」

 押し倒されて……正確には押しつぶされてだが、身動きの取れなかったは、その時は天の助けとばかりに喜んだ。

 だから、の上の成実が状況を理解した政宗によって一瞬で蹴り飛ばされて障子をなぎ倒しても、ほっと安心しただけだったのだが……

「しーげーざーねぇー……テメェ、よっぽど死にてぇらしいなぁー…アァン?」
「え……て、ゲッッッッ……とっ…殿っ……!?」

 あれだけ酔いが回っていたというのに、成実は一瞬でそれが醒めたようだった。
 も全く同じで、初めて会った時以上の竜の殺気に音を立てて血の気が引く。

「ま…政宗…さん……?」

 いつの間にか握られている抜き身の真剣から目を離せず呟くと、般若のような冷たい殺気を纏った政宗がゆっくりと振り向いた。

「お前はしばらくそこで待ってろ、。逃げたら承知しねぇぜ? 話なら、後でじっくりと聞いてやるよ」
「………………………………Y…Yes,sir…」

 神様、仏様、織姫様!彦星様!

 今更天の星空に祈っても、それこそ完全に後の祭だった。
 もう日付も変わって、願い事ができる七夕も終わろうとしている。

 夜の帳に、政宗の怒声と成実の絶叫が響き渡った。
 近づいてくる自分の末路を思い、は絶望一色で天の川を仰いだのだった。









CLAP