「願い事……か」
今宵天の川を渡る恋人たちに願うのは……
年に一度の逢瀬。
愛しい人に年に一度しか逢えない悲しさなのか、年に一度は逢える喜びなのか――
もしなら……そう考えて、苦笑した。
何も考えないまま、自然と口から呟きが漏れる。
「博識な小十郎さんなら……」
彼ならば、この時代の七夕について詳しく説明してくれそうな気がする。
本当はこの手の祭の話は政宗に聞いてみたい気もしたが、きっと忙しいだろうし、仕事の邪魔をしたら悪い。
その点、小十郎はの直属の上司なので、今夜が城詰めの当番だというのは知っていた。
城詰めは暇を持て余すことが多いと言っていたから、突然押しかけても迷惑にはならないだろう。
そうと決めたが実行とばかりに、は早速小十郎の部屋に向かったのだった。
「……という訳で、この地には織女星と似た天女信仰が根付いて……ん、殿? ……眠ってしまわれたか」
返事が無いに気付いた小十郎は、座ったまま船をこいでいる姿に苦笑して、そっと横たえて綿入れをかけてやった。
昼間の鍛錬で疲れていたのだろう。
実際は、男でも音を上げそうな鍛錬に良く耐えていると思う。
「そう、何だかんだ言っても、年頃の娘なんだな…」
呟いて、小十郎はその柔らかい髪の毛を撫でた。
「ん…、ま………さ…」
「おーおー」
微かにしか聞き取れなかった寝言に、小十郎は微笑んだ。
詰番で城の自室で待機していた小十郎の元にが訪れてきたのは半刻ほど前……この地の七夕伝説を教えて欲しいと言われた時には、やはり女子だなと微笑ましく思った。
真剣に聞いてくれるのでつい話し込んでしまい、疲れて眠ってしまうまで気付かなかったのは小十郎の落ち度だ。
後で空き部屋に運んで、ちゃんとした布団で寝かせてやろうと思った時だった。
馴染み深い気配が近づき、部屋の前で止まる。
「小十郎、ちょっといいか?」
「政宗様?……どうぞ」
珍しい客だと思い、障子を開けると、政宗は高そうな徳利を片手に立っていた。
なぜか不機嫌らしい主に苦笑して部屋の奥を勧めると、政宗はそこに丸まって眠っているに気付いて目を瞠る。
「なんでこいつがここにいる」
久しく向けられたことの無かった鋭い怒気を孕んだ視線を向けられ、小十郎はおやと眉を上げた。
政宗が嫉妬を剥き出しにするところなど、初めて見たかもしれない。
眠ると政宗を交互に見遣り、小十郎は人の悪い笑みを浮かべた。
「こんな夜更けに、男の部屋に女がいるなんて、理由は一つしかないと思われませんか?」
「何だと……?」
今にも腰のものを抜きかねないような政宗の勘気に、小十郎は表面上だけは表情を崩さずに下座に座った。
「……冗談です。今日は七夕ですからな……この地の七夕にまつわる話が知りたいと、殿が訪ねてきたのです。よほど疲れていたのか、話している途中で眠ってしまわれましたが」
小十郎の説明で怒気は収まったものの、まだ不機嫌は治らないらしい。
先ほど小十郎が座っていた上座――の隣に座った政宗は、不機嫌顔のままその寝顔を見つめた。
「そんで何で小十郎のとこに行くんだよ……俺のとこにくればいいもんを……」
不貞腐れたように早速酒を煽りだした政宗に、小十郎は苦笑した。
そしてふと政宗の飲んでいる酒の銘柄に気付いた小十郎は、とある可能性に気付いて口に乗せる。
「政宗様、もしやその御酒は、殿と飲まれる為に……?」
珍しい異国のもので、上物には違いないが、政宗にしては弱い酒だ。
辛口の強い酒を好む政宗の嗜好からは正反対のそれを、わざわざの為に取り寄せたのだろうか。
「……さぁな」
照れ隠しなのか顔を背けた政宗が幼い頃の姿と重なって、小十郎はつくづく感心した。
政宗がに執着しているのは知っていたが、まさかこれ程とは……。
珍しいものを見せてもらった礼にと、小十郎は苦笑して政宗に告げる。
「部屋に来た時、殿はしきりに政宗様のことを気にしておられましたから、本当は政宗様の元へ行きたかったのでしょう。性格上、遠慮されたのでは…?」
政宗もいかにも有りそうだと思ったのか、軽く舌打ちしてを見つめた。
「余計な気ばっか使いやがって……」
しかし、その憎まれ口の中にも嬉しさが隠しきれておらず、小十郎は弛みそうになる頬を必死で押さえた。
政宗のを見る瞳の優しさに、胸が温かなもので満たされる。
「政宗様、一つ良いことを教えて差し上げましょう」
「あ? 何だ、勿体ぶって」
もはや機嫌がすっかり回復してしまっている政宗に、小十郎は微笑んだ。
「先ほど、殿が寝言で政宗様の名前を呼んでおられましたよ」
「っ……!!」
げほげほと酒に咽た政宗が可愛く見えて仕方なく、その真っ赤な顔を見ないように心がけながらそっと天の川を見上げた。
願わくば、不器用な主の想いが、天上の恋人のような苦難に妨げられないことを祈りながら――