「Ah-nn? 絵師?」
自室で煙管を燻らせていた政宗は、眉を潜めてそう聞き返した。
政務も終わった午後のことだ。
空いた時間で久しぶりに遠乗りにでも出ようかと考えていた政宗は、珍しい話に身を乗り出した。
「はっ、是非とも政宗様に目通り願いたいと」
そもそも、絵師などというものは詐欺まがいの怪しい人間がほとんどで、本物の腕を持つ者となると限られてくる。
だが、右目である小十郎が取次いだということは不審な者では無いということだろう。
いまだ自分の肖像を描かせたことの無い政宗は興味を引かれた。
「で、腕は確かなのか?」
「……少々毛色は変わっておりますな」
「毛色だ?」
「は。絵……と申すより、まるで鏡に姿を写し取ったように忠実に描くのだと言います。それ故、魂を抜き取る妖術使いだなんだと詰る者も居るようで」
「妖術……ねぇ。Ha、It's nonsense!」
「確かに馬鹿げております。何でも異国の絵師に弟子入りしていたとかで、その描法は異国のものだと。それ故、異国の文化に精通している政宗様を頼って来たのでしょう」
そう言われては、異文化好きの政宗としても何も言えない。
小十郎もその辺りで絆されたのだろうということは容易に想像がついた。
「いいぜ。俺をmodelに選ぶたぁ中々見る目がある。この独眼竜――描かせてやろうじゃねぇか」
こうして、城に件の絵師が召し出された。
その時にはまだ誰も、後に起こる騒動など知りようも無かったのである。
「失礼いたします」
その時、その部屋にがやって来たのは偶然だった。
いつもなら他の侍女仕事をこなしている筈の時間だが、どうやら綱元に頼まれて急ぎの書簡を届けに来たらしい。
「お邪魔をして申し訳ございません」
「別に構わねぇぜ。いま終わったとこだ。――どうだ、似てるか?」
政宗が顎で示すと、絵師が描き終わったばかりの肖像をの前に広げた。
それを見た瞬間、彼女は目を丸くして歓声を上げる。
「うわ…ぁ、ソックリです! 凄いですねぇ」
「あぁ、俺も驚いた。この才を認めねぇなんざ、どうかしてるぜ」
予想通りのの反応に満足して、政宗は口端を上げた。
絵師も嬉しそうにありがとうございますと頭を下げる。
はつくづくとその絵を見かえして、溜息と共に言った。
「それにしても珍しいですね……写実主義なんて」
「! 侍女殿は異国の絵画をご存じなのですか!?」
「え……えぇ、まぁ少しだけ……」
「素晴らしい! 流石は独眼竜政宗公の侍女殿ですな! なんと博識であられることか!」
相変わらず妙なことを知っているに政宗は瞠目したが、想い人が賞賛されるのは悪くない。
それ故に黙って二人のやりとりを聞いていたのだが、周囲に理解者は皆無だと言っていた絵師はよほど嬉しかったのか、猛烈な勢いでに語り始めた。
「………オイ」
分からない単語や会話……何より二人の距離が近いことが政宗に苛立ちを与えていく。
しかし次の瞬間、当の本人から助けを求める視線を投げられて政宗はその表情に縫いとめられた。
困惑を露にして政宗しか頼れるものがいないと言わんばかりの顔だ。
いつもは凛とした眼差しが、ハの字に下げられた眉の下で頼りなげに揺れている。
その表情をどこかで見たことがある気がして……ひどく惹きつけられた。
「……政宗様…?」
「! ――Stop! 人のhoneyに手なんざ出すもんじゃねぇぜ?」
沸いてきそうになった欲に無理やり蓋をして、絵師を引き離せば、彼はきょとんと目を瞬かせた。
「はにー……おぉ! このお方は政宗様のご夫人であられましたか! これは大変な失礼を……」
「ご夫人!? いえいえいえいえ! とんっでも無いっ!!」
確かにまだ婚姻していないが、仮にも先に熱烈な告白らしきものをしたのはの方である。
にも関わらず、即効力一杯の否定に、政宗の米神がピクリと引きつった。
小さな頭に手を置き、少し力を込めて掴めば悲鳴が上がる。
「いいいぃぃぃぃぃ痛っ……痛いです、政宗様っ!!」
本気で痛かったのか弾みで火の粉まで飛び出して政宗は慌てて手を引いた。
涙目のまま睨み上げられて、その表情にうっと詰まる。
「ひどいです! 頭割れるかと思いましたよっ!」
「……馬鹿なkittyにお仕置きしただけだろーが」
赤くなった顔と潤んだ目、そして間近からの上目遣いの視線などと条件が揃えば、後は自分の『お仕置き』などという言葉にさえ反応してしまうのは自然の摂理というものだった。
片手で口元を隠して精神状態を悟られないように視線を背ければ、ふと少し離れて座っていた絵師と目があった。
そこから先は、ただの思い付き。
「Oh……折角だ。お前も描いて貰っちゃどうだ、tiger princess?」
「タイガー…プリンセス……?」
流石異国人に弟子入りしていただけはあって、少しは異国語を解するらしい絵師はやがてポンと手を打った。
「虎の…姫…!? 甲斐武田の虎姫様とは貴女のことでございましたか…! いやぁ、こんなにお綺麗な方とはっ!」
「……政宗様」
「別にいいじゃねぇか、減るもんでもねぇし」
「……なるほどなるほど、独眼竜と虎の姫君とは何とも麗しいすてでぃーですな! 是非わたくしめのモデルになっていただきたい!」
にやにやと自分たちを見比べる絵師のその様子はいただけなかったが、もそこまで言われては無碍にも出来ないようだった。
「モデルくらい別に構いませんが……」
そうして二人並んで彫像のようにじっと座って約半刻……まだデッサン段階だが出来上がった絵は、本当に二人の姿をそのまま写し取ったようだった。
「本当にお上手ですねー……何だか恥ずかしいくらいです」
「いえいえ、モデルが良かったのですよ」
そんなやりとりを聞きながら、政宗は食い入るようにその絵を見つめていた。
腕を組んだ政宗と、そのすぐ隣で微笑んでいるの姿……
意匠を凝らした額を用意して子孫末代に伝える家宝にしようと思ったことは秘密である。
その後すぐには喜多に呼ばれて退室して行き、部屋には再び政宗と絵師だけになる。
これまでの会話で、この絵師に随分俗な面を見ていたからだろう。
政宗はつい出来心でその一言を漏らしてしまったのだ。
それに対する絵師の反応も、軽快だった。
「は……それはまぁ描けなくはございませんが……ははぁー、いやいや分かり申しました。いろいろと事情がお有りのご様子! 政宗様の為ならば一肌脱ぎましょう!」
「Ah? いや待て、俺は別にそういう意味で言ったんじゃ……」
「ははは、いえ分かっております。これはわたくしの絵をお褒め下さった政宗様と虎姫様への感謝の証として、わたくしから献上させていただくということで……ぷれぜんとでございます」
ここで断っておけば良かったと思っても後の祭。
純粋に見たいという欲求が勝り、思わず頷いてしまったのは悲しい性である。
「……そういうことなら、貰っとく」
「は、わたくしに万事お任せ下さいませ!」
そうして意気揚々と帰って行った絵師は、決して憎めない人物だった。
彼はよくよく政宗の本心を見抜き、持てる限りの力で仕事をしただけなのだから。
「政宗様、先日の絵師から何やら献上品が届きましたぞ」
「!! お…おう」
数日後、小十郎から告げられた言葉に、政宗は弾かれるように顔を上げた。
妙な後ろめたさがあり、後で一人でこっそり見ようと思っていた矢先……
「へぇー、何々、殿ってばいつの間に絵師なんか呼んだんだよー。で? その絵が出来上がって来たんだろ?」
「真に楽しみでございますなぁ」
届けられた絵と共に、なぜか成実と綱元も入室して来た。
包まれた風呂敷に手を掛け、勝手にそれを開こうとしている様子に思わず焦る政宗。
「オイ、待てお前らそれは……!」
しかし制止の声も時既に遅かった。
はらりと開かれて露わになったそれに、政宗と三傑の目が大きく見開かれる。
「……………」
「………………………」
「…………………………………」
「…………………………………………………」
沈黙がその場を支配し、三傑の視線がそろそろと主人に向けられた。
当の政宗ははっと我に返って赤面する。
「梵……お前、これは流石に……」
「うっ…うるせぇっ!! つーか、お前ら見んじゃねぇ!!!!」
あまりの羞恥に、ドンと派手な音を伴った落雷が庭に落ちる。
ぷすぷすと黒焦げになった自らが大事にしていた松を尻目に、政宗はぜぇぜぇと息を整えた。
絵師から届けられた献上品――そこには、鏡に映したかのような政宗との二人が描かれていた。
……ただし、ひどくいかがわしい風体で。
それは所謂、春画と呼べるものなのだが、絵が非常にリアルなので刺激が強すぎた。
しかもその女方は他でも無い、全員にとって大切な娘である。
男四人は一種の恐慌状態に陥った。
「うっ、ヤベェちゃん色っぽすぎ……!」
「馬鹿野郎、成実! テメェに欲情してんじゃねぇ!」
「そういう小十郎殿だって鼻押えてんじゃんか!」
「うるせぇ! 政宗様、大体貴方がっ……!」
「そうです。殿がこのようなものを描かせるとは……よほど日頃の我慢が祟っておられたのですね……」
「違うっ! 俺はただ、絵師っつったら春画描かねぇ奴もいねぇだろーが。だからただ思いつきで聞いてみただけで……!」
「で、出来心でこんなの描かせちゃった、と」
「これはあの絵師が勝手に……!」
「あーはいはい、分かるよ。こんだけの技量の絵師だ。男として見たく無いなんて方が断然おかしいっ!!」
「成実殿、そんなに力説しても褒められませんぞ。……まぁ、確かに事実ではありますが」
「……う…確かに政宗様ばかりも責められねぇか。だが……これはマズくないか?」
「………いや、まぁ……ヤバイよな」
「……………………………」
どこにでもある普通の春画ならば、誰をモデルにしたところでそんなに分かるものでは無い。
だが、これは誰が見ても一目瞭然でと政宗なのである。
もし、これがの目に触れれば……いや、政宗がこんなものを描かせたと知られれば……
「……血を見るでしょうな」
「……いや、そんなもんじゃ済まねぇんじゃねーの…?」
「相手はあのだぞ……」
「…………………」
三傑は恐々と意見を言い、政宗に至っては蒼白になっている。
あまりにも恐ろしい未来の地獄絵図に、四人が同時に身を震わせた時だった。
「……皆さん揃ってどうかなさったんですか?」
「「「「!!!!!!」」」」
掛けられた可憐な声は、いつものように心を温めるどころか、まるで死刑宣告のようにその場に響いた。
ギギギギ…と向けられた四人の視線が、部屋の入口でお茶を持って佇んでいるを映す。
「何やら落雷があったと聞いて息抜きにお茶をお持ちしたんですが、声を掛けてもお返事が無かったので……」
「そっ……そうか、そいつは悪かったなっ…!」
「いえ。……あれ? それってこの間の絵ですか?」
成実の手にあった巻物を目に止めたらしいは、愛らしい笑みを浮かべ、無邪気にとことこと近寄って来た。
その場を戦慄が駆け抜ける。
あまりの事態に耐えられなくなった成実は、ついに悲鳴を上げた。
「ギャァァァァァァァァ!! ごめんなさい!! 許して!!!!」
「オイっ、馬鹿成実っ…!」
意味不明の許しを乞う言葉と共に、その絵が宙を舞った。
の視線がつられるようにしてそれを追う。
「――DEATH FANG!!」
「え……?」
ヒュッという音がしたかと思えば、それはの真横をすり抜けて問題の絵に命中した。
六爪で切り裂かれたそれは無残に庭へ吹き飛ばされたが、それだけでは飽き足らないとばかりに青い影がその後を追う。
「PHANTOM DIVE!! CRAZY STORM!! ――HELLッ… DRAGON!!」
完全に跡形も無く塵と化したそれはさらさらと風に攫われていく。
その場には、真っ青になった三傑と息を荒げている政宗……そして呆気に取られて立ち尽くす。
「……………政宗様……? 一体………」
至極当然なの疑問に、息を整えた政宗は何とか自身を立て直したらしい。
振り返ったその顔に、引き攣りながらも笑みさえ浮かべていたのは流石としか言いようが無かった。
「……………………Ahー…何でも無ぇ。この前のとは別の絵…いや別の絵師が持って来たんだが、あんまりにも……アー…難有りだったもんでな」
「そ…うだったんですか。それは……逆にちょっと見てみたかったような……」
政宗が激怒して固有技連撃で灰燼に帰した絵……確かにそれはで無くとも気になるというものだろう。
ともあれ、何とか最悪の事態は避けられ、秘密裏に処分されてしまった幻の春画。
たった一度見ただけだというのに、その後四人を……主にモデルの片方であった健全男子をしばらく毎夜悩ませたことは表立っては語られない事実である。
081130
シリアスが続くと書きたくなるお馬鹿夢……今回はヘタレな殿でした。
最初は拍手お礼にしようと思っていて「魚心あれば水心=むしろ出来心」
とかいうタイトルが付いてました……ひどい(笑)
虎姫だとバレて以降の平和な小田原城……という設定の一コマでした。