Tales of Vesperia夢小説本  「Cuore Clown」

文庫(カバー・クリアしおり付) 414P  ¥1200 20220730発行

TOV、おっさん夢小説(サイト再録)本。
トリップ女夢主(名前固定)で原作沿い、おっさんと両方想いになるまでのお話。
サイト連載夢小説をキリの良い2章まで文庫にまとめた本です。



内容紹介



■novel■ 一部抜粋

00.
  ひかり

 ――星、だ。
 目の前に広がるそれに、言葉も無くただ魅せられる。
 満天の星だった。視界全てを埋め尽くす、一八〇度の星空。
 あまりに綺麗で、瞬きしたら消えてしまいそうだった。まるでその無数の星の中に落ちそうな気がして、彼女は――アヤカは思わず手を伸ばした。
 しかし突然、その夢心地は破られる。
 がさりという音がして、微かに聞こえていた風の音が止んだ気がした。嫌な予感がして起き上がれば、遮る木々なども無く、一直線に一匹の獣と視線が合う。野犬のようなその獣との距離は遠く、どちらも石のように動かない。その視線が決して逸れないことで、相手もこちらの出方を窺っているのだと知れた。しかし、それよりも。
「なに、これ………」
 アヤカの視線は、自分と獣の間――自分の周囲に釘付けになる。
 その、今まで星空を映していた眼に飛び込んできた光景に…………絶句した。
 それはまさに、『地獄』と呼ぶに相応しい光景だった。

 

 ガラガラと、規則的な振動と共に馬車が進む。
 アヤカは何も映さない目で茫然とそれに揺られていた。
 ――本当に、最低最悪の夢だ………
 何度思ったか知れないそれを、再び繰り返す。そして、まだ覚めないそれに絶望する。
 思い出したくもない。地獄のようなあの場所で、見たことも無い獣にも襲われて……それでもこうして今無事なのは、助けてくれた人が……人たちが居たからだ。その人たちに連れられて、今はこの馬車に揺られている。
 アヤカも普段なら、持ち前の楽天的で大ざっぱな性格から、単に助けられたと喜んだだろう。
 しかし。漠然とした……けれど度し難い恐怖は拭えなかった。
 助けてくれた彼らは、何やら揃いの鎧を着ていた。まるで中世の騎士のような格好……言葉は日本語のようだが、夜目にも髪の色がバラバラなのが分かった。
 決してテレビや映画の撮影では無い。それを裏付けるかのような、あの地獄――……未だ知覚を埋め尽くして去らない、圧倒的な『死』の臭い――何か、とんでもないことに巻き込まれているという確信と恐怖。
「……逃げなきゃ」
 このまま運ばれる先は、牢屋のような場所かもしれないし、処刑場かもしれない。逆に、手厚い看護や、温かな庇護が待っているのかもしれない。何も分からなかったが、とにかく逃げ出したかった。『ここ』では無い何処かへ――。
 一度思ったら、居ても立ってもいられない焦燥感に動かされ、目の前の扉に飛びついた。夢中で開けて、何の考えも無く外へ飛び降りる。
「ま…待てっ……!」
 人の叫び声と馬の嘶きと……それらの喧騒を背に、がむしゃらに走って逃げた。 走行している馬車から飛び降りるということが、そもそも無茶なのだろう。飛び降りて転げ落ちた際にあちこち擦り剥き、足まで捻った。けれどその痛みさえも、夢を否定し、絶望を齎すものでしか無い。
 胸が苦しいくらいの動悸の中でどれだけ走っただろうか……足の痛みに顔を顰めながらも、恐怖と混乱から逃げるように走り続けた挙句、唐突に誰かに腕を捕まえられた。
「そんな足で無茶をする」
 振り返れば、彼らと似たような鎧を来た男が立っていた。間近で両手を掴まれたせいで近すぎて顔はよく見えなかったが、マントのように長い布が彼の背中ではためいた。
「離して! もう嫌っ!!」
 逃れようともがいても腕はびくともせず、それに余計混乱してがむしゃらに身を捩る。
「っ……暴れるな。落ち着いて……」
「嫌っ! 何なの……何なのよ、一体! ここは何処なの……あなたは、何なの…!?」
 叩き付けるように言った瞬間、腕が解放されて振り払うような恰好になった。相手と少し距離を取ったせいで見えた光景に、アヤカは目を見開く。
 夜の街に、大きな幾何学模様が浮いていた。――良く知る人工の…電気の光とは明らかに異なる、不思議な光彩。
「ここは、ザーフィアス」
 その光を背中に受けて、男は聞いたことの無い地名を告げた。
 見たことの無い建物、空に浮いた光……まざまざと見せつけられて、アヤカはようやく認めたく無かったことを認識した。
――ここは、私の知らない世界。きっと、自分はもう死んでいるのだと。
「ザーフィアス……」
 鸚鵡返しに呟いたアヤカに、男は何か言い淀む気配を見せた後、静かにもう一度口を開いた。
「俺は、シュヴァーン。騎士団のシュヴァーン・オルトレインと言う」
「シュヴァーン……」
 名乗った男――シュヴァーンの表情は逆光で分からなかったが、危害を加えるつもりは無いと言った声音は淡々としていて不信感は抱かなかった。そうでなくとも、既にアヤカには抗う気力も残っていなかったが。それでもその時、人形のように黙って従ったのは、相手がシュヴァーンだったからなのかもしれない。
 日常とはかけ離れた世界で。
 アヤカは出会った。
 自分にとって唯一絶対となる、『ひかり』と。


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26. Vera natura  -- 正体 --

 

 恐怖と絶望を切り裂いたのは、彼の放った矢だった。
 しかし、それ以上に彼の存在そのものが、暗い場所に沈んでいた心を照らしてくれた。
 翻る紫の羽織りから目を離せない。いつも丸まっているその背中は、今は周囲を圧倒する覇気を纏ってアヤカを守るように獣との間に立ちはだかっている。それが、とても大きく感じられた。
「……レイ…ヴン…」
 ただ呆然と、彼の名を呼ぶ。その瞬間だけは、始祖の隷長のことも、自分という存在がどちらの世界でも異端だということでさえ、何も考えずにいられた。

 砂漠のオアシスでフェローと話していた筈なのに突然魔物に囲まれて……
 そのフェローが嗾けたと思しき魔物は、最初の三匹だけでは無かった。レイヴンが駆け付けてくれた時に放った矢はその場の三匹を確実に仕留めたが、すぐに別の魔物が現れて徐々にその数を増して行く。その中には鳥型のものも居て、アヤカが反射的に息を呑んだ直後、強く腕を取られた。
「走るぞ!」
「っ…うん…!」
 いつもと違う低いレイヴンの声に虚を突かれたが、何とか返事をして手を引かれるままに走った。
(……レイヴンの周りの空気が…固い……)
 そして連れて来られたのは、オアシスの畔。どうするのかと思ったら、彼は泉の中にバシャバシャと掻き入った。湖と呼べるほど大きくは無いが、深い場所は腰の上にまで水が来る。
「俺の後ろに」
「え……?」
 一方的に言ったレイヴンは即座に魔術の詠唱に入り、周りに風のエアルが集まり始める。
「巻き起こる春の嵐……アリーヴェデルチ!」
 アヤカが慌てて後ろへ下がった途端、発動の声に応えてピンク色の桜吹雪が地面から噴き上がった。それは、水辺に群れ始めていた魔物たちを一斉に巻き上げ、蹴散らす。レイヴンがこの術を使うのはもう何度も見ているが、いつものふざけた詠唱とは違った実用的なそれに目を瞠る。
「…ここから動くなよ」
「! レイ……」
 声を掛ける暇もなく、それだけ言い残してレイヴンはあっという間に泉から出て魔物たちの包囲の中へ突っ込んでいってしまった。持っていた弓が硬質な音を立てて剣に変形し、軽やかな身のこなしで先ほどの魔術を逃れた魔物をなぎ払う。左利きの上段から体重を乗せて振り下ろした剣は弧を描いて背面の敵も薙ぎ、空いた空間に素早く体を入れて低い蹴りと斬撃を繰り出す。
 接近戦の為か、ずっと剣型のままの得物で流れるように敵を沈めていくレイヴンの剣技は、素人目にもいつもは手を抜いているのだと知れるほどにすごかった。
 それは例えばユーリのように我流すぎるでも無く、フレンのように綺麗な型に嵌ったものでも無いが、しっかりした基礎の上に自分のスタイルを昇華したような無駄のない動き。
 魅入られたように呆然と見つめていたアヤカは、ふと感じたものに首を傾げた。
(あれ……あの動き……どこかで……)
 頭を捻ったがそれ以上は思い出せず、今はそれどころでは無いと首を振る。思考を切り替えて、自分にも何か出来ないかと辺りを見回した。
 レイヴンがアヤカをここに残して行ったのは、ここが一番安全だと判断したからだろう。襲ってきている魔物たちはいずれも砂漠で生息できそうなものばかりで、狼のような犬型が一番多い。
 あのタイプはまずこの水深には入って来れないし、空を飛んでいる魔物に対しては視界が開けているので対処しやすい。しかも、最悪の場合この場に潜れば大抵やりすごせそうだ。
自分が比較的安全なのは分かったが、レイヴンはそうはいかない。お荷物を抱えて次々と周りを囲んでくる敵と戦っているのだ。しかも、アヤカが勝手に行動した挙句に陥った危機を助けて、だ。
 何とか援護しなければ……せめて遠距離から魔術を使うなり、こちらにも敵が来た場合は自分の身くらい自分で守らなければならない。
「それに……」
 呟いて、アヤカはちらりと後方を見遣った。
 大きい湖の方の対岸には、まだフェローと思しき影があったが、いまだ動く気配は無い。レイヴンが助けてくれたお陰で当座は助かったとは言え、フェローの狙いはアヤカを試すこと。つまり彼が納得してくれなければ、延々新手がやって来るということだ。
「…細やかに大地は騒めく……」
 狙うのはレイヴンの背面の敵――アヤカは腹を括って魔術の詠唱に取りかかった。実際にやってみて良く分かる。いくらオアシスとは言え、この生命の源の枯れた砂漠は、他よりエアルが圧倒的に少ない。術の発動に必要なだけのエアルを術式に沿って練り上げるのが難しいのだ。