Tales of Vesperia本  「TRICSTER」

B5オフ 48P ¥600(イベント頒布価格) 210821発行

TOV、レイヴン中心。カロル君とユーリ多め。漫画と小説で一つのお話になってます。
凛々の明星がユニオン五大ギルド入りをかけて試練に挑む中で、首領としてのカロル君の奮闘と、おっさんとユーリがカロル君の寵を競うお話。


内容紹介



■comic■ 一部抜粋






■novel■ 一部抜粋


「おっさんをこき使わないでって言ったじゃないのよ〜!」
 苦情を乗せた悲鳴が、細い路地に吸い込まれていった。
 この地方にしては珍しく、汗ばむ陽気の午後。
 雑然とした路地に積まれた資材の山は、運んでも運んでも減る気配を見せない。街に着いたら酒場で冷たいエールを流し込もうと思っていたレイヴンは、ため息しか出なかった。
「強制労働はんたーい! おっさん酷使禁止条例違反はんたーい!」
 荒い息の元に紡がれたレイヴンの声に、前を歩く青少年たちは呆れた顔で振り返った。
「いつの間に出来たのさ、そんな条例」
「ん? 少年知んないの? この前ユニオンで採択されて……」
「平気で嘘つくおっさんは置いてくぞー」
「ちょっと青年! ひどいじゃないの! 若いんだからおっさんの分も持ってよー!」
 いつものじゃれ合いのような応酬は嫌いじゃないが、気温も相まっていつもの余裕は無い。
「これ、絶対、明日腰に来るから……」
「キリキリ働けって言ったろ?」
「てかレイヴン、バテるの早すぎ」
「少年までひどい! 若者とは体力が違うんだかんね!」
 ヒピオニア大陸の北東に新しく誕生した魔導器(ブラスティア)を捨てた町オルニオン――この街にレイヴンも加えた凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)一行が到着したのは、今日の昼前だった。
 まだまだ発展途上のこの街では、あちこちで工事が行われ、毎日槌の音が響いているが、到着するなり、人手不足で困っている人たちを見かけた”放っとけない病”を患った面々が助けを申し出た。
 それに無理やり付き合わされることになったレイヴンとて、手助けをすること自体は嫌ではないが、もう少し体力を考えてほしいと思うのは否めない。
「これが終わったら切り上げるさ。そろそろジュディも戻ってくるだろうしな」
「そうだね、迎えに行って貰ったエステルとリタも到着したら、とりあえずメンバーも揃うし、”試験”の話を聞かせてもらわなくちゃだね!」
 ユニオン本部で五大ギルド入りの打診を受けた後、一行がオルニオンにやってきたのは、五大ギルドに加入するに当たっての試験――それがこの街にあるからだった。
 試験に当たっての監督官というか、差配を任されているのが、他ならぬレイヴンだ。というのも、それがギルドにも騎士団にも関係する事柄で、かつレイヴン自身が提案したことだからなのだが――
「? 何だか庁舎の方が騒がしいね」
「なんだなんだ、喧嘩か?」
 手伝いも一段落し、街の広場を通りかかった時だった。軽装備で固めた一団と重装備の鎧を纏った一団が、今にも剣を抜きそうな剣幕でにらみ合っている。
「あちゃー…こりゃマズイわね……」
 ジュディス達との待ち合わせが広場に面したカフェなこともあり、見て見ぬふりは出来そうもない。そもそも、こんなところで刃傷沙汰になどなれば、レイヴンにとってもかなり厄介なことになる。
「どどどどうしよう!? ギルドと騎士団だよね? こんな街中で衝突してるなんて、大事だよ!」
「いい年した大人が何やってんだか……怪我人が出ない内に止めようぜ、ボス」
「でも、どっちの味方したらいいんだろう。周りの人たちの反応を見ても、どっちかが悪いって感じじゃないけど……」
 困惑して慌てているカロルを見遣って、レイヴンはふむ…と顎をさすった。
 状況にもう少し余裕があれば、この解決をカロルに任せてみても良いが、今回はそんな余裕は無さそうだし、何よりまだ事情も説明出来ていない。
「……しゃーないわねぇ」
 独り言ちて、レイヴンはひょいと軽い足取りで踏み出した。
「レ…レイヴン!?」
 慌てたカロルの声にウインクだけ返して、足を止めずに向かった先は――まさに一触即発の両者の間だった。
「!? なんだ、てめぇは!」
「ん? ああ、この先に用があるだけなんで、お構いなくー」
 彼らが睨み合っていたのは、庁舎入口の真ん前であるので、本当に用事がある人間もさぞ迷惑しているだろう。尤も、だからと言って簡単に通してくれる訳もないが。
「舐めてんのか、テメェ! 怪我したくなきゃ引っ込んでろ!」
「我々騎士団の邪魔をするならばただではおけん!」
 双方ともに見事にこちらに矛先を変えてきて、レイヴンは内心の苦笑を隠して意外そうに目を瞬く。
「――怪我? 邪魔? おかしいわね、こんな街中で庁舎に来ただけの俺様が何だって邪魔で、怪我までするってのよ? ――およ、おたくら『猛虎の髭』だっけ? 確かウチからこの街の輸送警護依頼引き受けてたわよね?」
「ウチって…… ! アンタ、確かユニオンの……」
「そうそ。なに、おたくらは今からお仕事? いやー精が出るねぇ。着実に仕事こなしてるって、最近ウチでも耳にするわよ。――で、怪我が何だって?」
 笑顔のままでもう一度聞けば、相手は大げさに身を引いた。
「い…いや! 何でもねぇ! そ…それじゃ俺たちは仕事に戻るからよ!」
「そう? そんじゃ、お仕事頑張ってねー。……さて、で、そっちは騎士団から新しく派遣された輸送護衛の為の隊だと思うけど……」
 駆け去って行ったギルド連中を笑顔で見送り、残った騎士たちに目を向ければ、彼らは何だと若干ひるんだが、若い騎士ばかりのようでレイヴンの正体に気づいた様子は無い。それならばと、こちらにも笑顔で話しかけた。
「流石、騎士様たち! オルニオンの輸送の任務の為に来て、現地のギルドともあんなに仲良く手を携えて任務に当たってるとは! 流石はフレン騎士団長がギルドとの共栄を謳っているだけあるってもんねー!」
「! もっ…もちろんだっ……!」
 騎士の一人は慌てて同意してふんぞり返ったので、レイヴンはやれやれとため息をつく。
「――で、邪魔したらただじゃおないとか聞こえた気がしたけど、俺様の空耳だったのかしらん? まさか善良な市民に騎士団が暴力ふるうなんてあるわけないしねぇ……ね、騎士さま方!」
 あくまで笑顔のレイヴンだったが、その目が笑っていないことに気づいたのか、向かい合った鎧兜の中が引き攣ったのが分かった。
「わっ我々は忙しいのだ! ――行くぞ!」
 そそくさと騎士団が立ち去って行くと、遠巻きに見守っていた街の住人達からわっと喝采が上がった。万一武力衝突なんてことになっていれば、一般人も巻き込まれたかもしれないのだから、よほど恐ろしかったのだろう。
 そのギャラリーの中から、ゆっくり歩いてくるユーリと駆け寄ってくるカロル。レイヴンは声を掛けようとしたが、体当たりのようにカロルに飛びつかれて不意を突かれた。
「すごいや、レイヴン!」
 キラキラした目で見上げられ、思わず言葉に詰まる。
「……いやー、それほどでもあるかな! カロル君も見る目あるじゃないー!」
 数秒遅れていつものように茶化したけれど、まっすぐに送られる尊敬のまなざしに目を焼かれそうな眩しさを感じる。少し前だったら、そんな目を向けられる資格は無いとか、まやかしだとか、その視線から目を背けていただろう。
 けれど、今は……
「……満更でも無いって顔だな、おっさん」
「ぅわっ! ……何よ、悪い?」
 意気揚々と広場に進んでいく小さな後ろ姿を見送りながらの会話。いつの間にか隣に立っていたユーリをバツの悪い心地で睨むと、ユーリはいつもの皮肉気な笑みを返した。
「いや? 素直に嬉しそうな顔してたから、案外可愛いところもあるもんだと思ってな」
「……うげっ、野郎に言われても嬉しくねぇわよ」
 軽口を叩きながらも、穏やかにふっと笑い合う。
 この時はまだ、レイヴンもユーリも、後に大人げない張り合いをすることになるとは思わなかったのである。

 

      ◆◇◆

 

「……て訳で、すごかったんだよ、さっきのレイヴン! どっちの角も立てずにちょっと話しただけであっという間に解決しちゃったんだ!」
「はいはい、もう分かったってば。さっきから何度もうるさいわよ、ガキんちょ!」
 無事に女性陣と合流した一行は、そのままカフェに腰を落ち着けた。いまだ興奮冷めやらぬように先ほどの出来事を話しているカロルにリタが制裁を下してはいるが、当のレイヴンは面映ゆい居心地の悪さを感じていた。
「まあ、ああいう仲裁がお手のもんだってのは、年の功ってやつだよな」
「ふふ、素直じゃないのね」
「それだけ、カロルも見習いたいと思ったってことじゃないでしょうか」
「――そうだね。あの時、周りには街の人たちも大勢いたし、いつでも力任せだけじゃいけないんだって、すごく勉強になったよ!」
「〜〜〜〜っ!」
 いい加減居たたまれず、レイヴンは無言で立ち上がった。仲間たちの視線も何のその、問答無用で脱出しようと思った退路を、しかし今まで寝ていたはずのラピードが塞ぐように立ちはだかる。
「ちょっ…ワンコ! 後生だから退いてちょうだい!」
「ウゥー…ワンワン!」
「『男ならどんと構えとけ』ってよ。いくら褒められ慣れてねぇからって、逃げるこたないだろ」
 明らかに面白がっているユーリを恨みがましく睨むが、女性陣もうんうんと頷く。
「ま、普段褒められる所なんて一個も無いんだから、急に褒められて慌てるのも分からなくは無いけどー」
「でも、逃げようとするのは薄情よね、珍しく褒められたからって」
「……リタっちにジュディスちゃんまで……おっさんだってそれなりに褒められてるんだからね!」
「どうせ、ルブランとかフレンとか、ギルドのむさい連中だろ?」
 なけなしの反論をユーリの容赦ない現実が打ち砕いて、レイヴンはしくしくと項垂れた。
「……いいわよ。そんなこと言うなら、おっさんこのまま帰っちゃうんだからね!?」
 リタあたりが「帰れば?」と言いそうな気配を察したのか、エステルが慌ててポンと手を打った。
「ええーと……そうです! 今日は五大ギルドの件で集まったんですよね?」
 凛々の明星の常駐メンバーでは無いエステルとリタを招集するに当たって、大まかな説明だけはしているらしい。
「そうね、私たちまで呼び出したんだからさっさと聞かせて貰おうじゃない。……で? 夢でも妄想でも無いのよね? 凛々の明星が五大ギルドに入るってやつ」
「夢や妄想って……ひどいよ、リタ。僕も最初は疑ったけど……」
 カロルは自信なさげに俯いたが、すぐに気合を入れるように自分の頬を叩いて皆を見回した。
「ハリーからずっと空席だった五大ギルドに凛々の明星をって言われて、正直まだ駆け出しの僕らじゃ力不足じゃないかとか、もし期待外れだったらとか、いろいろ考えたんだけど……」
 後ろ向きではあるが、カロルの言う心配は概ね正しい。現にユニオンの中にも話が上がった段階でそういう懸念を口にする者だって少なからずいた。
 しかし、心配で胸を満たしながらも、敢然と顔を上げたカロルの表情に、レイヴンは自然と口の端が上がるのを感じていた。
「でも、とにかくやってみようかなって! 僕らを推してくれたハリー達や応援してくれる人たちだって居るし、何より、困っている人を助けたいっていう僕らの目標の為には、きっと役立つ立場だと思うから! だから、皆の力を貸してほしい!」
 キラキラと輝く瞳でそう言った若き首領に、隣に居たユーリが一番に反応した。
「勿論だぜ、ボス! 俺たちはちゃんとついてくから心配すんな!」
「ワオォォン!」
「ええ、任せてボス。私たちならきっと大丈夫よ」
 ラピード、ジュディスに続いて、エステルとリタもそれぞれ笑顔で頷く。
「カロルならきっと立派にやり遂げられます! 私もお手伝いしますから」
「しょうがないから、私も力を貸してあげる。弱音なんか吐いたら承知しないんだからね!」
 それぞれの激励の言葉を乗せ、頭を撫でたり揉みくちゃにする面々を眺めて、レイヴンも温かな気持ちにひたる。
 けれど、ここでその成長を微笑ましいと見守るだけでは駄目だ。少なくともサボるなと大音量で怒鳴ることだろう――あの偉大な首領なら。
 レイヴンはすうと息を吸い込んで、その場で芝居がかった礼を取る。
 キョトンと目を瞬いた仲間たちの前で、口上を口にした。
「俺はギルドユニオン盟主ハリー・ホワイトホースの名代レイヴン。凛々の明星首領カロル・カぺル――」
「は…はいっ!」
「――ギルドユニオン五大ギルドへの貴ギルドの参入をかけて、ユニオンからの依頼を受けるかい?」
 ユニオンの見届け人である立場を明確にして、公式の手順である意思確認の為に問いかければ、目を瞠っていたカロルは、やがて力強く頷いた。
「夜空に輝く凛々の明星の名にかけて、その依頼、お引き請けします……!」