Tales of Vesperia本  「燦」

B5オフ 48P ¥600 200216発行

TOV、レイヴン中心。シュヴァーンとユーリ多め。漫画と小説で一つのお話になってます。
<追憶の迷い路>で事件が起こり、自我を持った過去のアレクセイと共闘することに。。
おっさんが前向きに世界と向き合っていくお話。


内容紹介



■comic■ 一部抜粋




■novel■ 一部抜粋


 レイヴンは走っていた。
 周囲に意識を張り巡らし、警戒を怠らないまま素早く進む。
 傾いた午後の日差しが翳りを見せ始める時刻だが、まだ身を隠せる夜には遠い。置物の影、燭台の明かりが届かない暗がりなど、人の死角になる部分を縫うように渡り歩き、辺りを見回した。
 目的は、なるべく早くこの場から脱出することと、そしてもう一つ――どちらもまだ果たせていない。しかし、欲を?いて捕まってしまっては元も子もないのは確かだ。
 相手方もここの地理には詳しい連中ばかり。一瞬の油断や慢心で機を見誤っては命取りだが……
「もう、ちょい……」
 あと一つ回廊を渡れば外に出られる――だが、そこが一番の難関と踏んでいた通り、相手も網を張っていたらしい。
「見つけたぞ! こっちだ!」
「おいでなすった……!」
「囲め! 弓の薙ぎ払いに注意しろよ!」
 こちらの獲物も知り尽くした相手の言葉にチラリと笑って、レイヴンは要望通りに弓を構えた。
 狭い入り組んだ場所では、飛距離の長い弓も、振り回す長剣も不利だが、頭を使えば問題ない。
「来るぞ、構え……」
「――と見せかけてっ、インヴェルノッ!」
 予め詠唱していた氷結の魔術が、発動の声に合わせて放たれる。
 変形弓の薙ぎ払いだけに意識を向けていた相手は、虚を突かれてまともに食らい、次々と固まった。
 全員の足を地面に凍らせて縫い留めたのを確認したレイヴンは、ガシャガシャと金属音を立ててもがく相手を見下ろして、高笑いした。
「はっはっはー! まだまだだねぇ、お前ら!」
「おっ…お待ちください! 副団長!」
「待てと言われて待つ奴はいねぇってー」
 必死の形相で見上げてくる部下たちに哀れみを感じない訳では無いが、今回ばかりは別である。
 これでどうやら目的の両方を果たせそうでもあるし、後日に今日の反省点もきっちり叩き込んでやろうと新たな課題も出来た。
「まさに一石二鳥ってやつだな。うんうん、俺様天才――」
「――楽しそうですね、シュヴァーン」
 勝ち誇った顔で退散しようとしたレイヴンは、しかし背後から掛けられた聞き覚えのありすぎる穏やかな声に動きを止めた。
 ギギギと恐る恐る振り向けば、聞き間違いであってほしかった声の主が天使の微笑みを称えて佇んでいる。
 さらにその横に意外な黒衣の青年まで見つけて、目を瞠った。
「なーにやってんだ、副団長殿? 遊びなら俺も混ぜてくれよ」
 呆れたように言って、けれど嬉々として早々に鞘を投げ捨てた青年――ユーリが相手となると、流石のレイヴンも遠慮しておきたい。
「大丈夫ですか?」
「へ…陛下! 申し訳ありません!」
 その間にも、レイヴンの追手たちを助けたらしい微笑みの主――現皇帝ヨーデルは、惨状を見て珍しく眉を潜めた。
 しまったとレイヴンが青くなる間に、ヨーデルの手が追手の騎士の幾人かが携行していた書類の束を取り上げ、中が検められる。
 僅かの後、笑みを深くしたヨーデルは、にっこりと微笑んだ。
「どうやらあなたを捕まえなければ大勢困るようですね、シュヴァーン――僕も混ぜてもらえますか?」
 穏やかながらも有無を言わせぬ迫力のその言葉は、まともな説教よりよほど効力がある。
 レイヴンは深くため息をついて、諸手を挙げて降参するより他なかった。


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「――で? 捕まえてる人たちはどこだ? さっさと言わないと、いろいろ胴体とお別れすることになるぜ?」
 手っ取り早く済ませようと、レイヴンは矢だけを五本取り出し、一気に地面の男目がけて投げつける。
 それぞれが両手両足の付け根、首――その微かに横の地面に刺さり、男は顔面蒼白になって震え上がった。
 殺気を纏ったまま男の目を凝視すると、その口が震えながらここから程近い小島の名を告げる。
「――フレン団長」
「は……はっ!」
 フレンは弾かれたように敬礼を返し、ユウマンジュへと戻って行った。
 ここに来る前に、同時に動ける隊をいくつか編成し、近くで待機させる手筈を整えてきたのだ。まずはその一つを動かして行方不明者――もはや人質と呼ぶ方がいいかもしれないが――を救出させる。
「……俺よりよっぽど過激だろ……」
 ユーリの呟きは聞かなかったことにして、これ以上姫君を怖がらせないように、そこからは紳士的に尋問を続けたのだった。

 

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「レイヴンは、どうしてアレクセイに会いたいんです?」
 その夜の宿でのこと、『邂逅の地』の調査は明日に回して、ユウマンジュに取った宿で銘々が寛いでいた時のことだ。
 唐突なエステルの質問に、レイヴンは困ったように苦笑いした。
 いつからか、彼は彼女からのこの類の質問に弱いような気がする。
 案の定、ユーリも気になっていて聞けなかった質問に、レイヴンは誤魔化すことなく口を開いた。
「一言では説明できないんだけども……会いたい理由も、会いたくない理由もいろいろあるからね」
 先を急かすことなく穏やかに聞いているエステルは、案外聞き上手なのだろう。
「公に会いたい理由はいくつかあるんよ。フレンも感じてるだろうけど、帝国騎士団なんつー大きな組織を回すのは並大抵のことじゃない。その点あの大将は、補佐官を置いて実務はうまく部下に流しながら、ほとんど一人で騎士団を切り盛りして、その上敵対してた評議会ともやり合ってたからね」
「とてもすごい人だったと思うよ」
 ユーリの視線に、フレンも大きく頷いた。
 レイヴンは頭の後ろで腕を組んだまま椅子を揺らして続ける。
「それに、各都市駐屯の騎士たちだけじゃなく、民間の地域の自警団やギルドとの協力、都市間の協力体制の構築――俺たちが結界魔導器を失くしてから数年かかってやっと取り組んでることを、既にアレクセイは構想してた」
 フレンが大きく目を瞠り、レイヴンも自嘲の笑みを浮かべた。
「どこまで見越してたのか、戦争以降始祖の隷長(エンテレケイア)を目の敵にしてたから、結界を無効化された時のこともいろいろ考えてたみたいなんだわ。――あの人は、あんな極端な選択をしたけど、紛れもない天才だったからね……昔はまさに、堅物正義漢!て感じだったし。昔のアレクセイに今の騎士団の仕事のことをあれこれ相談できたら……てのは、たまに考えちまうわね」
「昔のアレクセイ……か。どっちにしても、俺はもう二度と会うのは御免だがな」
「はっはー、ユーリ青年にしたらそうでしょーね。嬢ちゃんは……大丈夫?」
 アレクセイにひどい目に遭わされたエステルを心配して覗き込んだレイヴンだったが、凛とした瞳が逆にレイヴンを案じて揺れた。
「私は大丈夫です。でもレイヴンは、公以外の私的な理由もあるってことですよね?」
 レイヴンの目が見開かれ、自嘲気味に伏せられる。
「まあ……ね。正直、自分でも会ってみるまで分かんないわ」
 心臓を押さえながら困ったように笑われては、流石のエステルもそれ以上追求はしなかった。
 代わりにか、ポンと両手を合わせてユーリとフレンの方に顔を向ける。
「じゃあ、選べるとしたら、どうです?」
「ん?」
「『邂逅の地』は逢いたい人に逢える場所なんですよね。もし選べるとしたら、誰に会いたいです?」
 目を輝かせたエステルの質問に、ユーリはポリポリと頬を掻いた。彼女なりにレイヴンに気を使ったのだろうと思うと、無下にも出来ない。
「俺は……昔、世話んなった隊長かな」
 煙管を咥えた笑顔が思い出されて、もう一度会いたいと素直に思う。
 エステルの気遣いを感じ取ったレイヴンも、続けた。
「あー、アレクセイ以外だと、やっぱドンにはもっかい逢いたい…かな」
 いろいろ大目玉食らいそうだけど、と両手を広げてみんなで笑う。
 最後にフレンが意気込んで言った。
「僕は、シュヴァーン隊長にお会いしたいです!」
「……」
「……」
「…………いや、フレンちゃん、おっさんまだ生きてるんだけども」
 てっきり、元騎士だった自分の父親と言うのかと思ったら、まさかのフレンの発言に全員固まり、当の本人が脱力しながら反論する。しかしフレンはめげずに、はい!と笑顔を返した。
「勿論、シュヴァーン隊長は今も尊敬する御方ですが、初めてお会いした頃の孤高で威厳に溢れたお姿は、英雄の名に相応しく崇高な騎士団の理念を体現したような……」
 一人で蕩々と語り出した姿に、もうやめてくれと死にそうなレイヴンと、にこにこと聞いているエステル。
「……まあ、死んだ人間限定ってわけでもないなら、"フレンの思うカッコイイシュヴァーン"にも会えるんじゃねぇか?」
 思い切り投げやりなユーリの言葉にも、顔を輝かせたフレンは「楽しみだ!」と今日一の笑顔を見せたのだった。