ドラゴンクエスト11本  「クロニクル」

A5オフ 変形横型 32P ¥400 171229発行

ドラゴンクエスト11、イレブン中心小説本。
相方のカレンダー絵をモチーフにした、6本のほのぼの小咄集です。
カミュ&勇者、ベロニカ・セーニャ&勇者、シルビア・グレイグ、マルティナ・ベロニカ・セーニャ、グレイグ・ホメロス・マルティナ、ロウ、勇者&仲間。


内容紹介



■novel■ 一部抜粋

 一年のほとんどを雪で覆われるクレイラモン地方――その中でも取り分け雪深いシスケビア平原。珍しく晴れ間の覗いたその日、カミュは馬を引いて平原の雪を踏みしめ、進んでいた。
「ねぇ、カミュ。そろそろ代わるよ」
道連れは、馬上の青年――世界で唯一の勇者にして、カミュの相棒とも言うべき男イレブンである。
「だから何度も言ってるだろ? ここらは俺の庭なんだから、任せとけって」
「でも、こっちの頼みを聞いて貰ってるのに、悪いよ」
 このやり取りは、本日の宿を取っているクレイラモン王国城下町を出て来た時から続いている。
 借りられる馬が一頭しか居なかった為、雪に不慣れなイレブンと荷物を馬に乗せ、自分はその馬を引いて先導する。これはこの地方出身であり、この辺りを知り尽くしているカミュにとっては至極当然のことなのだが、イレブンからするとどうも自分だけが楽をしているようで落ち着かないらしい。
「悪いって言うなら、そろそろ目的くらい教えてくれてもいいんじゃねーのか?」
「ああ……うん、そうだね」
 途端に言葉を濁した相棒に、カミュは半眼になってため息をついた。
 そろそろ短くはない付き合いで、この普段は優等生な気真面目勇者様が一度決めた事にはとことん頑固なのは分かってきた。それに、いつも他人優先で自分のことは後回し。持ち前の攻撃力や器用さもあるから、大抵のことは自分一人で片付けてしまう。
「……ま、いいけどな。お前が自分の頼み事なんて、珍しいしな」
 珍しいも何も、他人が関与しない純粋な私事で頼ってくるなど、初めてのことだ。
 クレイラモン王国に数日逗留することになり、それぞれが装備品の調達や情報収集に当てる為の一日――常ならば率先して依頼等をこなすイレブンが、今朝一番でカミュに「連れて行って欲しい場所がある」と頼み事をしてきた。
 旅の目的や依頼とも全く関係ない個人的なお願いだから、忙しかったら無理にとは言わない。そう遠慮がちに付け足したイレブンに、一も二もなく承諾した自分も、大概彼に甘い自覚はある。
 果たして、頑なに馬上を交代すると言い続けるイレブンを宥めすかし、辿り着いた平原の山小屋。そこに逗留していた男からイレブンが受け取ったのは、何の変哲もない……
「紙と鉛筆……?」
思わず怪訝な声を出したカミュに、イレブンは心外と言うように言い返した。
「ただの紙と鉛筆じゃなくて、絵を描く道具だよ。昨日城下町でこの画家さんに会って、譲って貰うことになったんだ」
「いやぁー、危うく木から落っこちそうな所を助けられたんだから、これくらい何てこたねーや。兄ちゃんに使って貰えるなら本望よ」
 そうして後生大事に本のように綴られた白紙の紙と、何本かの変わった鉛筆を抱えたイレブンは、上機嫌で馬上に戻り、来た道を引き返し始めた。
「……目的って、まさかこれだけか?」
「? そうだけど?」
 恐る恐るの問いかけにも不思議そうに肯定され、カミュは思わず脱力した。
「お前な……わざわざ意味深に隠すようなことかよ」
「いや、隠すつもりは無かったんだけど、最初に言うとカミュは付き合ってくれないかもと思っ………カミュ、後ろ!」
 イレブンの声と、殺気を感じ取った体がとっさに前に飛んだのは同時。
 間一髪で、飛来したアイスコンドルのかぎ爪を躱して態勢を整える。
 嘶いて暴れる馬を何とか御したイレブンが、すかさず雷の攻撃呪文を放とうと詠唱に入り、カミュがフォローする為に前に出た。
 しかし、詠唱が完成する直前、カミュはある物に気付いて思わず声を上げた。
「イレブン、待て! …あいつら、口に何か咥えてるぞ」
「あれは……スノーベビー?」
 目を凝らして見ると、なるほど、二匹現れたアイスコンドルのそれぞれの口に、小さなスノーベビーが咥えられている。しかも、他の魔物のように魔の影響を受けて凶暴化しているということも無く、ただそこから逃れようと必死にもがいていた。
 見た目は愛らしいスノーベビーは昔から妹のマヤも好きで、向こうから襲ってこない限りはわざわざ手を下したりしないのがカミュたちの暗黙の了解だ。このまま雷呪文が当たれば一緒に黒焦げ間違い無し。見捨てたとあっては寝覚めも悪い。
「……悪い、イレブン。ここは呪文無しで頼む」
「了解」
 ふふと笑って答えながらも、持ちかえた二刀の剣で鋭く斬りかかっていったイレブンに続いてカミュの短剣も火を吹き、ほどなくしてモンスターの撃退に成功した。捕まっていたスノーベビーも無事で、よろよろとコンドルの口から這い出してきて、器用にカミュの肩へとよじ登ってきた。
「はは、すっかり懐かれちゃったね、カミュ。――はい、君はこっち」
 地面から見上げていたもう一頭を笑いながら抱き上げ、大人しく馬上へと戻ったイレブンは、折角だから群れが居そうな場所に連れて行こうかと提案した。
「……悪かったな、イレブン。結局こっちの都合に付き合わせて」
「そんなことないよ。それに、これはこれで、中々良いモデルだ」
 意外な返事に目を向けると、イレブンは器用にも股の間に置いたスノーベビーを見ながら、先ほどの紙に筆を走らせていた。
「今更だが……お前、それで絵を描くのか?」
本当に今更だね、と苦笑した彼は、ついと空を見上げた。
「……ちょっと描いておきたいものがあってね」
「……イレブン……?」
 こんなに近くに居るのに、とても遠くにいるような……不思議とそんな焦燥に駆られ、思わず問い掛けたカミュの声には、不安そうな響きが滲んでしまった。
 他人の心の機微に聡い勇者様が、それに気付かない訳は無い。
 けれどイレブンは、曇りのない笑顔で別のことを言った。
「今日は付き合ってくれてありがとう、カミュ。一人であそこに辿り着く自信は無かったんだ。……それに、一度一緒にのんびり散策してみたかった。いろいろあってちゃんと聞けてなかったけど、君の故郷だろう?」
 目を瞠ったカミュは、数秒の後に深いため息をついた。
「えっ、なんでため息?」
 オロオロと慌てるイレブンに、絶えきれず苦笑した。
 全く叶わない。今日は自分がイレブンに手を貸す筈だったのに、これでは口実に使われただけで、結局また自分が気遣われているではないか。
「お前には叶わないよ、イレブン」
 なぁ、とスノーベビーを撫でてやりながら、カミュは慣れ親しんだ雪の平原に目を向けた。
 勇者が抱えているものはカミュにはきっと一生理解することはできないかもしれないけれど、せめて友として、少しでもイレブンの負担を減らせるように……
 見慣れた筈の雪一面の白銀の世界は、日の光を受けて、キラキラと光り輝いていた。

 


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『ぐれいぐー! ほめろすー! はやくはやくー!』
 ああ呼んでいると、グレイグは思った。微笑んで返事を返し、隣の相棒にも声を掛けようとして……しかし、そこには誰も居なかった。

「――イグ、グレイグ!」
 呼ばれてはっと目を開けると、驚いた様子のイレブンが立っていた。
「起こしてごめん。でも、だいぶ寒くなってきたし、そんな所で寝たら風邪を引くと思って」
 天高く秋も深まってきたイシの村――大滝から注ぐ川の畔。
 邪神と戦う準備も整い、一旦それぞれの故郷の様子を見がてら体を休めようと話がまとまったのが二日前。グレイグはデルカダール城に挨拶だけ済まし、イシの村を手伝うイレブンに合流した。
「グレイグが外で寝るなんて珍しいね」
「む…そうだな。あまりに平和で美しい所なので少々油断した」
「はは、気持ちは分かるよ。……暇だしね」
 久方ぶりに訪れたイシの村は自力でかなりの復興を遂げており、手伝うつもりだったイレブンとグレイグは、しっかり休んで行けと逆に至れり尽くせりで持て成されていた。休めと言われてもする事が無いので、鍛錬と鍛冶をこなした後、こうしてイレブンは写生を、グレイグはその護衛も兼ねてのんびりと釣り糸を垂らしている。
「だが、こうまで気を緩めてはイカンな。夢まで見るとは……」
 夢?と聞き返してきたイレブンに頷いて、辺りの景色に目を向ける。赤や黄色に色付いた木々と青空、清流が見事なコントラストを描き、目を楽しませる。
「昔の夢だ。ここに似た美しい森に散策に出かけたことがあってな。まだ三つか四つの時分の姫さまと子どもの私と……ホメロスで」
 最後の名前に、イレブンが息を呑んだのが分かった。グレイグもすぐに後悔した。復興したとは言え、そもそもこのイシの村を焼き、破壊し、村人の命まで奪おうとしたその張本人がホメロスなのだから、イレブンが恨みを持っていて当然だ。
「…すまん、この村でこの名前を出すのは不謹慎だったな」
「いや、そんなことは……。……グレイグ、もし良かったら、その話を聞かせて貰えないかな」
 突然の申し出にも驚いたが、その目が思い詰めたような色を宿していたことにもっと虚を突かれた。少しの間瞑目し、夢で見たあの頃を思い出す。

「ぐれいぐー! もっともっとぉー!」
「姫さま、あまり暴れると危ないですよ」
「だめよ! おとうさまのおうまは、もっともっとはやいわよ!」
「――だそうだ。諦めてプリンセスの馬に徹しろ」
「ホメロス! お前他人事だと思って……」
 幼いマルティナを肩車したグレイグは、深々とため息をついた。
 このところ図鑑に熱中しているホメロスが、森で実物が見たいと言い出したのは今朝のこと。訓練の合間に上官の目を盗んで抜け出そうとした所を城中使ってかくれんぼに勤しんでいた幼い姫君に見つかり、一緒に行くと泣かれて困り果てていると、今度は王にまで見つかってしまった。
 そうして結局、お前達になら安心して任せられるとお墨付きをいただき、姫君と昼食が入った籠を渡され、快く城から送り出された。
「……なぁ、ホメロス。俺たち、体よく姫さまの子守を押しつけられただけなんじゃないか?」
「なんだ、今頃気付いたのか。まあ俺は、あの無意味な訓練を抜け出させて自由に時間を使えるなら何でもいい」