ドラゴンクエスト11本  「ORATORIO」

B5オフ 48P ¥600 171229発行

ドラゴンクエスト11、イレブン中心本。
漫画と小説でふんわり一つのお話になってます。
クリア後の塔前後と真ED後の世界で仲間たちが以前の記憶を取り戻す為に頑張るお話。
勇者・カミュ・ベロニカ・セーニャが多めのオールキャラ本です。
(サンプルもネタバレしていますので、ご注意ください)


内容紹介



■comic■ 一部抜粋




■novel■ 一部抜粋

 懐かしい旋律が聞こえた。
 穏やかで温かな……心が澄み渡って満たされていくような、美しい音色。
 音に合わせて、周囲に浮かんでいた小さな光の球がふわふわと揺れ、生まれてからこれまでの記憶が、泡のように浮かんでは消えていく。
「――勇者さま!」
 不意に、たくさんの人の声が、自分をそう呼んだ。
 魔王を倒して! 世界に平和を!
 しかし笑顔で溢れていたその歓声が、次第に熱を帯び、悲痛な叫びへと変わっていく。
 助けて。怖い。つらい。苦しい。
 どうして! 何故―― !
 ついに叫びは怨嗟の色で覆われ、闇が広がり、光が失われていった。
 行けども行けども、闇で塗り固められた暗黒の世界……彼は耐えきれず、全力でもがき、何かを叫んで手を伸ばした。
 しかし、それは徒労に終わると分かっていた。
 何故なら、この世界に『勇者』は彼一人だからだ。彼の行動が、決断が、世界の行く末を左右してしまう。
 やがて彼はもがくのに疲れ果て、諦めて、ただ運命を受け入れようと体を投げ出した。

 


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「よっ、イレブン。元気してた?」
 サラリと揺れる髪が見えて、ベロニカが手を振ると、穏やかに微笑んだイレブンが「久しぶり」と顔を輝かせて出迎えてくれた。
 邪神ニズゼルファを倒し、世界に真の平和が訪れてから数ヶ月、邪神を倒した勇者とその一行は、それぞれの故郷に戻り、穏やかな生活を送っていた。
 だが、ベロニカにはどうしても放置できない気がかりがあった。
「イレブンさまは覚えておいでですか? 邪神を封印した後、賢者セニカさまが勇者のつるぎを大樹に奉納したこと」
 セーニャがそう聞くと、イレブンは背中の剣に触れて頷いた。
「その勇者のつるぎは、ロトゼタシアの希望の象徴……。私たちもセニカさまにならい、勇者のつるぎを命の大樹に納めた方が良いと思ったのです」
「まあ世界の命運を握る勇者のつるぎをズボラなアンタに預けとくのは忍びないから、大樹に管理してもらおうってワケよ」
 セーニャの説明の後にベロニカが付け足せば、イレブンも複雑な顔で苦笑したけれど、何とか怪しまれずに束の間の旅立ちを了承させることが出来た。
「用意できたみたいね。じゃあ、早速行きましょう!」
 旅装を整えたイレブンを加えてイシの村を後にした一行は、徒歩だと時間が掛かりすぎるのでケトスに付き合って貰うことにし、イレブンのフルートの音色と共に空へと登った。
 大空を背にしたイレブンは、最初に会った頃より強くなったし、随分大人びた表情をするようになった。……けれど、何かが違う、とベロニカは思った。
 最初に違和感を感じたのは、オーブを揃えてラムダの里に滞在していた時のこと。里の奥にあるセニカさまを祀った祭壇で祈りを捧げていたベロニカの独り言を盗み聞きしていたイレブンは、今にも泣きそうな顔でベロニカを見ていた。毎日顔を合わせているというのに、まるで長い間会いたくても会えなかった相手に不意に出会ったような……そんな表情。
 それからすぐに仲間全員で始祖の森に入ったが、イレブンは昨日まで持っていなかった禍々しく強大な闇の魔力を持った大剣を携え、それまでより明らかに力を付けていた。
 仲間たちも不思議がっていたが、オーブを揃えて大樹に近づいていることで勇者としての力が強まっているのではないかと尤もらしい推論を交わしていた。
 そして極め付けは、知らない筈のことを口にしたり、始めて訪れる場所でも迷い無く進んだり、ベロニカや仲間の危機に過敏に反応するようになった。
 ベロニカは、早い内に結論付けていた。
 ――彼は、ベロニカの知っているイレブンとは違う――
 違う言い方をすれば、今まで一緒に旅をしてきたイレブンと、時間を隔てて久しぶりに再会したような気分だった。
 ――この、瞳だ。
 ケトスの背で心地良い風を切りながら進むイレブンの瞳を見ながら、ベロニカは確信を深めた。
 その後の旅の中でも注意深く見て来て、思っていたことだった。
 彼の瞳は、絶望を知っている者の瞳だと。
 ベロニカもそんなに人生経験豊富な訳では無いが、世界中を旅する中で様々な人に出会った。
 中でも、家族を魔物に殺された人。故郷を焼け出された人。恋人を攫われた人――そういった人達の哀しみに打ちひしがれて、ただ絶望の淵で世界を見ているような……そんな瞳よりもっと深い色を宿していた。
 ベロニカが知るイレブンが経験している筈の無いものだ。

「――セーニャ」
「はい、お姉さま。――イレブンさま、少し寄り道をしてもよろしいでしょうか?」
「寄り道? 別に構わないけど」
「ありがとうございます」
 セーニャがケトスに行き先を指示し、一声鳴いた空飛ぶクジラは悠々と進路を変える。
 果たして辿り着いたのは、雪深いクレイラモン地方の古代図書館だった。
「ほっほっ、時間通りじゃの」


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「俺らが確信したのは、邪神をぶっ倒した時だな。あの球の中でヤツを倒して外に飛び出した時、チカチカしてる光が降ってただろ。あれと一緒に、記憶の断片みたいなのが朧気に頭に浮かんだんだ」
「これは一体何と思っていたら、イレブンがセニカさまを助けたいと言った。そうして貴方は、まるでそうすることを知っているように自然に、彼女に勇者の剣を貸したわ」
 カミュの言葉をマルティナが継ぎ、ベロニカも当時のことを思い出す。
 あの光の中でベロニカも、涙を堪えて髪を切るセーニャを見たような気がした。
「セニカが時のオーブの光に溶けるように消えていくのを見送って、何故かお前の姿に重なった」
「ぎゅっと……胸が苦しくなりました。それで思ったんです。ああ、イレブンさまは前にこうやってたったお一人で過去に戻って、そうして私たちは、ただそれを見送ることしか出来なかったのではないか、と」
 依然何も語らないイレブンは、視線を落としたまま聞いていた。
 その様子にじれったさが込み上げ、ベロニカは座っていた枝から飛び降りた。
 全員が疲労していたので、小休止を取ることになったが、大樹の中は聖域。!は焚けないので、木漏れ日が温かな場所を選んで、皆それぞれが枝に腰掛けて話している。
 一番下に座っていたイレブンの元まで降りたベロニカは、身長の低さを生かして、下からきっと見上げてやった。
「アタシは、もっと早くから気付いてたわよ。夢を見たもの」
 暗い世界、美しい旋律が聞こえて、セーニャが居て、たくさんの光と共に風が吹いた。その風に乗って、ベロニカは光の中へと戻って来たのだ。
「あの光は、ニズゼルファを倒した時と同じだった。あれは過ぎ去りし時の欠片なんだわ。アンタが時のオーブを壊して時が巻き戻ったから、私の失われた時も戻った――そういうことなんだわ」
 そうすると、夢の場所は死後の世界だろうか。半身であるセーニャも居たのだからそれは分からないけれど、とても美しい旋律で呼び戻して貰えて、とても嬉しかった。
「ウルノーガを倒して、みんなの笑顔の中心にイレブンが居て……あの場所でそれを分かち合えたことが、とても嬉しかった。みんなを守って死んだなら、そこに後悔は無かった筈だけど、出来れば生きてみんなの笑顔を見たい――それがアタシの夢だったから!」
 話しながら勝手にボロボロと出て来てしまった涙を、イレブンがそっと拭ってくれた。
「だから……だから君は、ありがとうって言ってくれたんだね」
 初めてこちらの話を肯定するかのような発言が出て、ベロニカは怒れば良いのか笑えば良いのか分からない心地で、そうよ!と言った。
 遅いのだと詰りたい気もしたが、イレブンも泣き笑いの表情だったから、それはやめておいた。
「俺が思うに……あの光は世界中に降り注いだ筈だ。しかし、他の人々に変化は見られない。俺たちにだけ記憶の断片が現れているのだとすれば、それは……」
「そう! 思い出したいんだわ! イレブンちゃんとのあんな事やこんな事……以前の私たちがどうしても思い出したがってるってことなのよ!」
 グレイグとシルビアの言葉に、イレブンがまた泣きそうに瞳を揺らす。だが……
 実は、と前置いて、イレブンはヨッチ族とセレンに相談したことがあり、『失った時の記憶を、戻すことは出来ない』と言われた事を明かした。
 さっきの台詞はその事かと得心したベロニカは、ドンと胸を張って言った。
「安心なさい、イレブン! その方法があるって言ったでしょ――ね、おじいちゃん!」
 視線を向けたロウは、うむと頷いて、道具袋から本を取り出し……それがムフフ本であると気付いて、慌てて別の本を取り出した。