■novel■ 一部抜粋
「レイヴン!」
濃くなり始めた夜の空気を裂いて、張りのある力強い声が響く。
呼ばれた男――レイヴンは、目標と並行して走っていた足を止め、僅かに重く感じる体に渇を入れて小高い大地の上から飛び降りた。
「――あいよ! ぶっ飛んじまいな!」
術技を汎用していた頃の名残である掛け声と共に立て続けに矢を放つと、目標である盗賊集団は虚を突かれてたたらを踏んだ。
レイヴンが地面に縫い止めた二人の男を置いて更なる逃走を試みた盗賊たちは、しかし追いついてきた面々――凜々の明星によってあえなく退路も絶たれる。
「往生際が悪いぜ」
「大人しく捕まった方が身の為だと思うのだけれど?」
「僕ら凜々の明星からは逃げられないよ!」
今ではその名も知れ渡りつつあるギルド・凜々の明星の初期メンバーである三人に得物片手に詰め寄られ、ようやく諦めた盗賊たちは無事お縄となったのだった。
世界の命運を賭けた星蝕みとの戦いから数ヶ月――
レイヴンは相変わらず騎士団とユニオンの二足のわらじを履いていたが、呼ばれれば凛々の明星の手伝いをすることもあり、その他にも無駄に顔だけは広いので、わらじの数は順調に増え続けている。
世界は魔導器の無い生活に次第に馴れ初め、人々の生活も以前のように安定し始めていたが、まだまだ問題もやるべきことも山積していた。
「……レイヴン、顔色が悪いです」
「そんなふらふらの体で大立ち回りしたせいじゃないのー?」
今は帝国の副帝という立場でもあるエステルがそう言い出し、研究都市アスピオの代表的立場に就いたリタまでも頷いたのは、例によって凜々の明星の手伝いで依頼を解決させた後のこと。
今回の依頼はちょっとした事件も絡んだ人捜しから始まり、最後は盗賊団の捕り物にまで発展して中々に骨が折れる物だった。レイヴンにも元々はその人脈が買われて協力が要請されたのだが、結局発揮したのは顔の広さよりも弓の腕の方だったというわけだ。
「……そう? いやぁ、舞い散るルルリアの花びら見てたら、ついおセンチになっちゃったわー。しっかし嬢ちゃんもリタっちも、ようやくこのおっさんの渋さに目が行くようになったって訳ねー!」
ノードポリカでユニオンの仕事が終わった所を呼び出されたレイヴンとは違い、たまたま依頼の場所がハルルだった為に、この街にも居を構えるエステルと遊びに来ていたリタも自然と同行する流れになった。ついでに、ノードポリカに迎えに来てくれたパティも同道している。
依頼自体は難しく無かったし、盗賊団も大したことはなかったが、あちこち駆けずり回る羽目になったので皆それなりに疲れてはいた。けれど彼女たちが言っているのは別の意味だろう。
現に、レイヴンのほんのお茶目な冗談に、冷たく目を細めたユーリはため息を返す。
「寝言は寝て言えー。大体、俺たちの耳にもおっさんが働き過ぎだって苦情は届いてるんだぜ?」
「そうだよ! ……協力をお願いした僕たちが言うのも何だけど、ちゃんと休まないと!」
「んじゃの。寄る年波にだけは、人間誰しも勝てんもんじゃー」
ボスとしての風格も備わってきたカロルと、妙に説得力のある先人のお言葉に、レイヴンはポリポリと頬を掻いた。
「んー……おっさん、まだピッチピチの三十五歳なんだけどー」
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