Sound Horizon [Marchen]本  「Grimm」

B5 52P ¥600 110505発行

Marchen、短編集本。

漫画と小説で、子メルエリ(+エリーゼ)、セイ子&イドルフリード(+コンキスタドーレス)、
小説で賢女's&ラフレンツェ。
ほのぼのシリアス詰め合わせです。




内容紹介



■Grimm comic■ 
一部抜粋





■Grimm novel■ 一部抜粋





「ほら、見てごらんよ、エリーゼ」
「きゃあ、かわいい!」
斜陽でも感じることの出来る木漏れ日が降り注ぐ中、メルツの掌には一羽の白い小鳥が抱えられていた。
先ほど森の散策中に木の上で動けなくなっているところをメルツが見つけ、多少の冒険を冒して助けた小鳥だ。怪我をしているようなので、メルツの母で森の賢女でもあるテレーゼに看て貰おうと、家路を急いでいる所だった。
「お花を食べているの?」
小鳥は弱っている様子ながらも、メルツが近づけた花の根本を啄んでいる。その姿は文句無しに愛らしく、エリーザベトは歓声を上げた。
しかし、見たままを尋ねたつもりのエリーザベトに、メルツは違うよと小さく笑う。
「花の中にある蜜を吸っているんだ。ほら、この花はたくさん蜜があるから。こうすれば、僕たちも吸えるよ?」
「え? お花から直接吸うの?」
やってごらんと傍らの木からもがれた花を渡され、メルツのを見よう見真似でエリーザベトも花の根本に口を寄せる。
果物にかかったシロップのような甘みが口に広がり、思わず顔を輝かせた。
「わぁ! 本当に甘ーい! すごいわ、ねぇメル!」
「喜んで貰えて良かった。エリーゼにも、この子にもね」
ぴよぴよと弱々しく鳴く子鳥に微笑んで、エリーザベトも笑顔でありがとうと言った。
「この子もきっとメルにお礼を言ってるわ。……早く元気になって一緒に遊びたいわね」
「そうだね。僕とエリーゼと人形のエリーゼとこの子と、四人で森の奥を探検しよう! まだ僕も行って無い所があるんだ」
「本当? メルも行ったことが無い所があるの?」
「本当さ。……あ、そういうところは怖いかな?」
こちらを気遣っておずおずと尋ねて来たメルツに、エリーザベトは首を大きく横に振った。
「全然! 怖くなんて無いわ! メルと一緒に探検出来るのが嬉しい!」
いつもメルツは、エリーザベトをいろんな場所に連れて行ってくれ、いろんなものを見せてくれた。
エリーザベトは、いつも心を砕いて楽しませてくれるメルツが大好きだった。けれど、一緒に知らない場所を探検して、初めて触れるものに驚いて……そうして感動を共有することが出来るなら、それもすごく楽しいのでは無いだろうか。
そう力説したエリーザベトに、メルツも顔を紅潮させて笑顔で頷いた。
「なら、早く母上にこの子を治して貰おう!」
そうして、手を繋いでメルツの家への道を急いだのだが……




--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------



 かつて『深紅の魔女』と『白の魔女』と謳われた二人の賢女。
 アルテローゼとアプリコーゼ。
 ――天才と秀才――
 周囲からは、そう評されることが多かった。
 才能も性格も……運命も、何もかもが正反対の二人。
「そうさ……」
 しわがれた声が、粗末な暖炉の傍らに落ちた。
 その声は、遠く時の彼方に向けられ、深い色が滲んでいた。
 暗緑の木々が生い茂る鬱蒼とした森の奥で、年老いた老婆が一人。
 手元にある木彫りのペンダントをなぞりながら、老婆は掠れた言葉を漏らす。
「私はお前が大嫌いだったよ……アプリコーゼ」

 

 同年の彼女たちが初めて出会ったのは、まだ少女の頃だった。
森に住む有名な賢女の元に連れて来られ、その弟子として暮らし始めたのもほぼ同時。
打ち解けたとか仲良くなったとかどうこうよりも、姉妹のように、友のように、当然の如くいつも行動を共にしていた。
「アルテローゼ! ちゃんと聞いているの?」
「そんな大声で喚かなくとも聞こえているよ、アプリコーゼ」
大抵が、アプリコーゼがアルテローゼを窘めるという構図――それが二人の日常。
「貴女、またお師匠様を怒らせたでしょう。今晩は食事を与えないように言われたわ」
「構うものかい。あれくらいで怒る方がおかしいのさ。どうせアプリコーゼのを半分いただくんだ。別に大して痛くもないよ」
「あら、誰があげるなんて言ったかしら?」
「でもどうせ放っておけなくて恵んでくれるんだろう? ねぇ、お優しいアプリコーゼ」
「――全く、最初から私をあてにするのはやめて欲しいわ」
「お互い様さ――ほら」
言い様にアルテローゼが杖を振るうと、アプリコーゼの足下に忍び寄っていた彼女の大嫌いなネズミが煙のように消えてしまった。
安堵と呆れの混じったため息を大きくついて、アプリコーゼは何とも言えない顔で得意顔のアルテローゼを見る。
「そうみたいね。いいわ、でも今回だけよ?」
「分かっているさ」
優等生と問題児という二人でありながらも、いつもこんな風に相棒とでもいえるような一番近しい位置に居た。




---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------




 ――やぁ、これは君の奏でる物語かい?
 井戸の底から大海原を見ていた金髪の男は、突如聞こえてきた声に顔を上げた。
「そちらから話しかけてくるとは、珍しいこともあるものだ」
 ――少し興味が沸いたものでね。どれも私が見たことのない風景だ。
「あぁ……そうだろうな。だが、これが私が生きていた世界だ」
 ――君も宵闇の楽団で唄ってみるかい?
「悪い冗談はやめてくれたまえ。私は唄わない」
 ――ならば、何故こんなものを私に見せるのかな?
「見せている訳じゃない。見えるだけだろう」
 ――確かに、その通りだね。こちらのことも君には筒抜けだ。
「そう……そうだな、よろしい。私の物語も、君に見せてあげよう。平凡で非凡な、私の半生をね――メルヒェン君」
 名を呼ぶと、男と同じ背格好をした……けれど髪色だけは宵闇色をした男が、少女の人形を抱えて立っていた。
 男は――イドルフリート・エーレンベルクは、半生を過ごした大海原へと意識を馳せる。
 彼がまだ生者で、人並みの夢も野望も持っていたあの頃へと。

 

「将軍! コルテス将軍!」
大きな帆船の甲板にその声が響き渡った時、何事かと目を瞬いたのは新入りの少年だけだった。
船室から出て来た男が、一つに束ねた金色の長髪を靡かせて船首の船長の元に駆け寄り、何事か抗議をしている。
「あれは……?」
何をしているんだろうと首を捻った少年の頭をぐりぐりと力任せに撫でたのは、年配の船員だった。
「あれが気になるか、坊主? あいつはイドってんだ」
「イドさん……ですか?」
「本名はイドル……なんたらだったか。まぁ、そんな細かいことを気にする奴ぁ、船乗りにはいねぇ」
そりゃそうだ、と後ろで他の荒くれた海の男たちも笑っている。
「えっと……それで、イドさんは船長と仲が悪いんですか?」
聞かれた男達は顔を見合わせ、次いでゲラゲラと笑い出した。
「違うな、坊主。むしろ逆だ」
「じゃあ仲が良いってことで?」
尋ねた少年に、男達は微妙な顔をした。
「仲が良いっつーか、熱烈な片想いだからなぁ」
「イドはコルテス船長に心酔してんのさ」
それこそアステカ人と良い勝負だよな。と言った誰かの言葉に、また笑い声が上がる。
その渦中に巻き込まれながら、少年は人の良いこの男たちとは馴れ合わず、黙々と作業をしている船員たちにも気付いていた。
植民者という立場のこの船は、スペイン本国の支援も受けており、一応軍船のような秩序を持っている。その中で、正規の船員と、雇われの船乗り、そして現地で買われた奴隷が同乗しており、大海原を航行する閉鎖空間の割には、ひどくアンバランスな状態で船は機能していた。