Tales of Vesperia本  「Blind Justis」

A5 52P ¥500 101010発行

おっさんと閣下。 ザウデ後IFで、閣下救済本。
小説と漫画で一つのお話になってます。
虚/空の仮面ベースでイエガーや凜々の明星も少し出てますが、ほぼおっさんと閣下だらけ。
アレクセイがザウデで助かるルート前後の妄想。
"目隠しの正義"がテーマです。




内容紹介



■comic■ 一部抜粋




■novel■ 一部抜粋


 新緑の葉を清々しい風が揺らして吹き渡っていく。
 昨日まで降り続いていた雨も上がって、久しぶりに覗いた青空は大気中の淀みを綺麗に洗い流したように澄み渡っていた。
 僅かに高くなった壇上から広場を見渡したシュヴァーンは、目の前に集められた騎士団員たちに、この青空は効果的に映るだろうとどこか冷めた心地で考える。
「諸君! 今日この時、そして過去・未来全ての時を掛けて、我々はこの帝国を真に平穏な国へと導いて行かなければならない!」
 壇上の中央では、騎士団長自らが式典の最後を締めくくる演説を行っている最中だった。
 かつてシュヴァーンも一隊員として壇下で聞いていた威厳溢れる演説は、今も昔も確かな力を持って騎士団全体を鼓舞する。
 何の疑問も感じたことのないそれを、隊長、英雄といった肩書きを得た今になって全く違う風に聞くとは、シュヴァーン自身にとっては皮肉でしか無かった。
「我らはあの凄惨な戦争で尊い犠牲を強いられた。戦いの中で散って行った同胞たちは、どれだけ望んだところでもう二度と自らの手でこの世界を守ることは敵わない」
 全員の耳目が、全身が騎士団長へと傾けられ、それはある種の熱量を生む。
「彼らが愛したものの為に! 彼らが目指したものの為にも! 今この場に帝国騎士として立っている我らが成さねばならぬのだ!」
 大仰に振られる手の動きに合わせて場の空気が揺れ、熱気が高まっていく。
「彼らが掲げた正義の為! 我々が掲げる正義の為に! 諸君の力を一つにして、共にこの国を、この世界を、誰もが幸せに暮らせる場所にしようではないか!」
 突き上げられた拳に応じて鬨の声が上がり、背後の青空と薫風も最高の演出を果たして、演説は大歓声をもって終わりを告げた。
 誰もが騎士団長に心酔しているのがありありと分かる。
 その背中に続いて壇上から降りたシュヴァーンは、ふと背後の青空を振り仰いだ。
 彼らが掲げた正義とは……我々が掲げる正義とは、一体何なのだろうか。
 戦争で散って行ったキャナリたちや、かつての自分が掲げた正義とは一体何だったのだろうか。
 どれだけの人間が、それを意識した上で死ぬことができたのだろう。
 穏やかに降り注ぐ陽光に目を細め、その光から逃れるようにシュヴァーンは視線を戻した。
 目の前には、騎士団長――アレクセイの背中が凛としてある。
 自分の信念に欠片の疑問も無く、僅かな歪みも矛盾も持たない。誰に対しても公明正大で、差別も無く、完璧無比の大義名分を持つ人――
(この人なら、きっと揺るがない答えを持っているのだろう)
 それを誇らしいとも、羨ましいとも思わない。
 ただ事実だろうと思うだけだ。
 そしてシュヴァーンにとって、それら全ては空虚な世界の事象だった。
 この頃のシュヴァーンにとっては、全ては目隠しされた暗闇の世界だったのだから。




     ◆◇◆




「私はシュヴァーン殿が羨ましいです」
 出し抜けに何を言うのかと言えば、クオマレは恥じたように笑い、憧憬に満ちた瞳で語った。
「シュヴァーン殿は、閣下と同じ世界を見ておられます」
 アレクセイは思わず笑った。
「何を言う。お前達とて共に戦う大事な戦友だ」
「いえ、私たちではまだまだ到底閣下のお力になるほどの見識などありません。……悔しいです。私にシュヴァーン殿ほどの力があれば、団長の隣で共に戦えましたものを」
 素直な告白は若者特有の無力感を吐露したものだったが、その向上心には好感を抱いた。
 そしてふと、いつから居たのか、クオマレの背後に書類を携えた件の人物が立っているのを見つけ、アレクセイは苦笑する。
「シュヴァーン」
「! こ…これはシュヴァーン殿! 失礼いたしました!」
 まさか居るとは思わなかった本人の登場に慌てたクオマレは、悪口を言っていた訳でも無いのに動揺して深く頭を下げると走り去ってしまった。
 それをシュヴァーンと二人して見送ったアレクセイは、シュヴァーンの反応を窺って笑いかける。
「どうだ、羨まれる気分は」
「……俺にはそんな力はありませんので」
 控えめに答えたシュヴァーンの言葉から感情は窺えない。
 今に始まった事でもないので、アレクセイも気にせずクオマレの後ろ姿に視線を戻した。
「ふ……若いというのは頼もしい力だな」
「……はい」
 短くでも肯定が返ったことに微笑を返し、それから簡単な報告を聞いた。
 要点をまとめて話すシュヴァーンの報告はいつも簡潔で分かり易い。そうして短いやり取りを終えるとすぐに辞するのが常のシュヴァーンだったが、この日は少し違っていた。
「団長……」
「ん? どうかしたかね」
 シュヴァーンから何かを発するなどいうことがひどく稀で、アレクセイは内心驚きながらも言葉の続きを待った。
 言いにくいことを形にするように……あるいは言いたいことを言葉として成すのに時間を要するような僅かの逡巡の後、シュヴァーンは小さな声で意外な問いを口にした。
「……俺は、本当に団長と同じ世界を見ることが出来ているのでしょうか」
 アレクセイは目を瞠った。
 あの、生に絶望していた戦後すぐの状態を思えば、目覚ましい進歩だった。
 そもそもが、英雄という肩書きも、隊長という地位も、シュヴァーン・オルトレインという名さえ、アレクセイが無理矢理背負わせたものだったのだ。
 シュヴァーンとなってからの彼はアレクセイの予想を上回るほど『英雄』の名に恥じない有能ぶりを発揮してくれたが、それも命令を忠実にこなしているだけで、本人の意思は介在しているとは思えなかった。
 そのシュヴァーンが、初めて自らの意思でアレクセイと共に歩む道を言葉にした。
 アレクセイは胸にこみ上げるものを耐えながら、ようやく抑えた声で答えた。
「……私は、そうであったら嬉しいと思っている」
 シュヴァーンの能面じみた顔に、僅かに笑みが浮かんだ。
 戦後初めて見る表情の変化だった。
 この時アレクセイは、シュヴァーンと共に同じ世界で同じ正義の為に戦っていけると信じて疑わなかった。
 それから十年ほどが経った現在、自分たちの今の状況を顧みたアレクセイは、きつく目を閉じる。
「私は変わっていない……間違ってなど、いないのだ……」